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(B)『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(梯久美子著 新潮文庫) [本]

小説家になるということは、悪魔に魂を売ることなのかもしれない。著者が小説と日記を丹念に読み込んだ結果、ミホが狂うきっかけとなった夫の日記は、小説家として業の浅さに悩んでいた島尾敏雄が小説のため、日記をみるように仕向け、わざと家庭内に悲劇をもたらした可能性が高いことが判明する。(日記に書かれていた十七文字が何であったかがこの本の白眉となるのではと思いながら読んでいたが、ミホは誰にも明かさず亡くなってしまった。)
『死の棘』が、ミホの支配のもとで書かれた小説であったとする二人の関係を詳らかにしていく過程が読み所ではあるが、この本は、島尾敏雄の作品を貶めるものでも、二人の隠された秘密を暴くためのものでもなく、ミホの小説に惹かれた著者のミホに対する関心を中心とするものだ。題名にあるように、主人公はミホ。
戦争中の二人の恋文のやり取りが、万葉集や古事記から引用されていることを、ミホは「恵まれた教育環境で文学的教養とセンスを身につけ、言葉の力を持って恋愛に昂揚と陶酔をもたらす能力を持っていた」と見抜き、それは、「奄美へ」と「書く女」の章における、ミホの書いた作品で実証される。ミホの小説をここまでたくさん引用する必要はないのではと感じたが、それこそが著者が知ってほしかったことなのだろう。
そして、島尾が亡くなったあと、ミホは「自分の望む夫婦のストーリーを補強する」ことに腐心し、自分の作品を書かなくなってしまうが、著者はそれを残念に思っている。
高名な作家ならば、日本藝術院会員なるものになっているのかと思って調べたら、かなり少なかった。この部分に限っては、ミホの意向によって会員になってしまった島尾に同情する。
『散るぞ悲しき』に連なる、新たな代表作となる仕事をした著者の力量に感服する。こんなすごい作品はこれからそうそう物することはできないだろう。
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